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苦労と努力はやめて、自分の好きな事をとことんやろう。努力じゃなくて夢中になれ。

2020年3月20日

ひでおわーるど

『小さく試しまくろう!』/試しまくってたらパラレルワーカーになってた28歳/FXトレーダー(主にドル円、原資27万円)/雑記ブロガー(500記事執筆、収益4~5桁継続)/雑系YouTuber(総再生数53万回)/ゆるミニマリスト(8割手放し、服は16枚)/S&P500積立/仮想通貨投資/学び、知識、体験など等身大で発信

苦労とか努力って、基準とかないので人それぞれで良いのは前提とした話を書いてみようと思います。

苦労とか努力って、イメージ的に

「キツい」

「修行」

「嫌な事も取り組む」

みたいなイメージだと思うんですよ。

だけど、もはやそれって、考え方とか捉え方で「努力」とかって呼ばなくてもいいのかなと思いました。

それは否定ではありません。

努力や苦労をした人は、やはり不純物が抜けたダイヤモンドのような輝きを放ちますよね。

やはり磨けば磨くほど、輝いてみえます。

そして本題なんですけど、でもそのダイヤモンドを磨く作業が

「楽しい」

「ヒマだし、やってる」

「まぁ作業ゲーだし、音楽聴きながらやってたらピカピカになってた」

という人もいると思います。

これって、まったくネガティブじゃなくて、素晴らしい感覚だと思います。

何故なら、

「苦しい」じゃなくて「楽しい」から。

これって、いろんな仕事や作業、タスクにも当てはまるのかもしれません。

筋トレ=苦しくて辛いこと

という考えの人もいれば、

筋トレ=鏡に映る自分が好きだからやってる。楽しい。かっこいい。

という人もいると思います。

勉強や読書もそうじゃないでしょうか。

勉強=ずっと座ってるし、問題意味不明でイラつく。

読書=文字を読むと目が疲れるし、1000円がもったいない。

と考えるひともいれば、

勉強=自分がアップデートされて嬉しい。問というモンスターを倒す爽快感。

読書=読み進めるあの感覚。物語の中の人と出会えて発見がある。

という人もいるとおもいます。

これって、前者と後者を比べてみると、努力とか夢中の差ってこんなにも違うんだなと思います。

もっとわかりやすく言えば、

こどもが「今日は本3冊も読んだ!たくさん学べた!」といったときに、

大人が「おお、努力したんだね!よく長時間耐えられたな!よしよし」と褒める。

しかし子どもはいいます。

「は?努力?何もしてないよ。ただ好きだから読んでただけだよ。記憶にもまだ残ってるよ。面白いから。」と。

これって、もはや苦労とか努力の概念なんてものはなくて、

「ただ、楽しいからやってる」

「ただ、面白いからやってる」

「自分が成長したり視野が広がるからやってる」

「知らんけど、気が付けば没頭してた」

っていうこと。

これは大人にも当てはまる。

「努力しろ!勉強しろ!苦労しろ!」なんて言う人がいるけど、それはもはや効果はない。

何故なら、人それぞれで活躍できる場所、環境、分野、物事は違うから。

要するに、先ほどの例でいうと、

「読書が好きな子供」からしたら「筋トレは苦手」かも。

そしたら、筋トレしてるより読書してるほうが、自分が成長してアップデートされて知識も学べて、世界や日本の仕組みとか情勢とか詳しくなって、うまく立ち回りがよくなるかも。

だから、読書はもはや努力とかじゃなくて、勝手にどんどんどんどんやっちゃう。

筋トレはやらなくなる。(もちろん、健康とかモテるとかそういう意味では一人でにやり始める)

これはぼくたちにも当てはまるんじゃないでしょうか。

周りの人は、苦労とか努力が足りないなんて怒ってるけど、

そもそも今やってることが自分が不得意なこととか苦手なことなら、やめていいんじゃないでしょうか。

野球がめっちゃ得意なのに、サッカーでバテて全然動けない。みたいな。

絵が描くのが好きで上手いのに、料理は焦がしてばかりで何も作れない。みたいな。

これは否定したいのではなく、可能性に満ち溢れてますよね。

努力しなくてもやれちゃうことって、素晴らしい。

というより、もっと細かく言うと、

はたから見れば、「ありゃあ、努力の結晶じゃな!」と思い込んでるだけで、

本人からしたら「え?あー、まぁ好きなんでそれで集中してやってただけっすね」みたいな。

つまり、努力とか苦労論を語るのは良いですけど、それを押し付けたり、におわせて誘導させてもあまり意味ないなと思います。

僕は毎朝、ウォーキングに行ってます。

努力してません。

何故なら、自分が気持ちいい思いをしますし、メンタルも脳内も体調も良好になります。

努力してないけど、スピード早めで歩くだけでアップデートされます。

むしろ今はランニングがしたくありません。

ランニングより歩いてるほうがラクですし、勝手に健康になってます。汗もじわっとかくのでちょうどよいです。

これと同じで

「自分にとっては、まぁもはや習慣だし、ていうかむしろ楽しいし」と思うことを、

他人に「努力しろ!だからお前は!」なんて言っても効果がありません。

もちろん、話を聴かない人いますよね。

アドバイスとかコツとかオススメの方法とかあるのに。

そういう人は、苦労とか努力の話をしても通じません。だからスルーしましょう。

何故なら、本人からすれば

「俺は努力してる!苦労もしてる!だから成功するんだ!世間がいけないんだ!」とずっと一人で脳内で劇場を繰り広げています。

何度も言いますが、

苦労とか努力しなくても、自分が好きなことや得意なこと、楽しいこと、嬉しいこと、ドキドキ、ワクワクすることをやってるときって、

そんな脳内劇場は行われずに、ただただ「ああ、幸せ」となってます。

だから、自分で「努力してる!苦労してる!」なんてすげえかっこつけなくてもいいのにって思います。

苦労とか努力とかいうまえに、

好きなことなどをどんどんやってたほうが、気が付けば自分が集中して、時間が経過しています。

そしたら不思議と自分は「ああ、こんなに集中できるんだ」と自覚してもっと好きになるかもしれません。

まぁこの記事で何が言いたいかというと、

努力や苦労は、夢中や没頭、集中には勝ちづらいってことです。

勝ち負けではないです。

ただ分かりやすくいうと、そうなります。

だから、それを自分の人生に使いましょう。

苦しいことや辛いことは手放して、

楽しいことや嬉しいこと、ドキドキすることを優先してやってみる。

その楽しいことのなかに、「うお!なんか大変そうな作業だ!」ってことがあるかも。

でもそれはもう大丈夫。

楽しい事の中の「つらいかも」っていう世界なので、結果的に楽しいと思います。

辛いと思うことを、最初からやると辛い。

だけど楽しいことの中の辛いだから、「これ乗り越えたら、また強くなれちゃうわあ!最高だな!」とかっこよくなれちゃいます。

てことで、おしまい。

今日も最高な楽しいワクワクな日になりますように。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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『小さく試しまくろう!』/試しまくってたらパラレルワーカーになってた28歳/FXトレーダー(主にドル円、原資27万円)/雑記ブロガー(500記事執筆、収益4~5桁継続)/雑系YouTuber(総再生数53万回)/ゆるミニマリスト(8割手放し、服は16枚)/S&P500積立/仮想通貨投資/学び、知識、体験など等身大で発信

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