こんにちは、ひでおわーるどです。
「「部屋のモノ全部捨てたい」という気持ちであらゆるモノを捨てたら、人生好転しまくり。」という記事です。
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え、大丈夫なの!?スーツとか卒業アルバムとか、どうするの?おしえてひでおわーるど!
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こんな方におすすめ
- モノを捨てられなくて悩んでいるひと
- 人生を一度リセットしたいひと
- 綺麗な部屋で生活したいひと
参考になれば、幸いです。
宜しくお願い申し上げます。
目次
結論ですが、9割捨てても問題なかったです。(ぼくの場合)
ということで、「部屋のモノ全部捨てたい」という気持ちであらゆるモノを捨てました。
体感でいうと、「9割捨てた」という感じです。
結論ですが、「特に問題なし」でした。
むしろ捨てまくったことで、
・部屋掃除がラクになった
・埃やハウスダストが減り、体調がよくなった
・「取捨選択」が多少、上手になった
・身軽なので余計な心配や不安が減った
などなど、とりあえずトータルてきに「何もかもプラス」という感じになりました。笑
↑これが最近の写真で、少し前のぼくの部屋です。パソコンとかもまた変わっていますが、基本的はこんな感じ。
↑所有する荷物もこんな感じです。最近リュックを買い替えたので、また少し持ち物は変わりますが、基本的にはこの感じ。
ぼくはこうやって捨てました。LINEもやめたし、私服もスーツも捨てました。
「9割捨てた」ということなんですけど、具体的には
・モノ
・人間関係
・手間がかかるコト
などを捨てました。
なぜなら、「自分がしんどくて、生活そのものがダルくなってしまうから」です。
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そんな人生で楽しいの?www
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青い鳥さん、素晴らしい意見をいただき、ありがとうございます。
でも「楽しい!」よりも前に、「一度リセットしたい」という気持ちが強かったのです。
ぼくたちは、ついつい「苦しいことより、”先に楽しいこと”」を選びたがります。
「”減らすこと”より、多くのモノゴトを”増やそう”」としてしまいます。
・友達が多いほど、幸せ
・モノが多いほど、足りないモノがなくなり、なにかあったとき助かる
・苦労や苦しみに耐えることこそ、素晴らしい
みたいな感じで、
「増やせば増やすほどいい」「長時間耐える」「減らすことはよくない」というような、幻想が存在します。
しかし、本当にそうでしょうか。
LINEやTwitterなどのSNSが普及したことで、「早く返信しなくちゃ....!」と焦る。
働きすぎて、部屋掃除をする時間がなくなり、服がグチャグチャで埃まみれの部屋で過ごす。
ネット広告が毎日、毎秒表示されて「私の持っているモノよりも、イイな...」「新しいすごい機能」というようにお金があっても足りないほどの購買意欲を高める宣伝に脳みそがやられる。
などの現象が起きていますよね。
ぼくは、人生で「健康」に対して本当に弱かったです。とにかく仕事中も病気、病気、病気。
毎週のように病院へ行くので、お金も、時間も、体力も、精神も、しんどかったです。
でも「睡眠、お散歩、日光浴」を徹底して実行したら、気が付けば病院にいく回数が、持病の処方薬をもらうためだけに、3ヶ月に一度だけ行くようになりました。
話がそれているように見えて、じつは、これこそが「本質」なのです。
つまり「健康に生きる」ということを実現できれば、お金も時間も、味方になります。
もっと言うと、「1000万円の靴」なんて要らないので、「プロテイン」とか「スマートウォッチ」とか「日光があたる部屋」が欲しいのです。
そうすれば、ぼくはより「毎日充実する」ので、よりブログ執筆や、筋トレ、挨拶などに精が出ますし、集中できます。
ということは、「スーツの価値」がありませんよね。
上記の「大事にしたいこと」に照らし合わせると、「スーツの価値」がありませんよね。
ぼくは一度「レンタルスーツ」を2021年に利用しました。「約5,000円で借りれて、コンビニで返送できる」ので、めちゃくちゃラクでした。
部屋で埃やハウスダスト、しわが付く不安もありません。
なのでスーツは、2年前に手放しました。
「卒業アルバム」もそうです。
「卒業アルバム」もそうです。
卒業アルバムを見ていると、たしかに「ぼく」がいました。
でもあの時には、”もどれない”のです。
「いま現在のぼく」が、「過去のかわいい(笑)ぼく」を見ているだけなのです。
アルバムを見ながら「この時間で、なにか変わるのだろうか...」と、良くも悪くも、自分を客観視しました。
「アルバム」は確かに作りが豪華です。しかしそれを見る回数は、年に1~2回ほど。しかも、「大掃除している最中に、たまたま気が付いた」というレベル。
つまり「ほぼ、なくてもいいモノ」なんですよね。
しかも埃かぶるし、分厚くて重たくて場所をとってしまうという。。
なので「スマホで写真撮影、アプリでPDF化」をして、本体は捨てました。
こんな感じで「これは”いま、必要なのか?”」と自分で、自分に対話していると、気が付けば、9割捨てていました。
今現在2021年10月は、LINEもやっていません。多分、一年以上は経過しています。
今現在2021年10月は、LINEもやっていません。多分、一年以上は経過しています。
そうすると、友達からも連絡はきませんし、労働会社の方々とも連絡はとれません。
一見すると、不便ですよね。
でも、これをすでに1年以上やっていることで、とても「生活がラク」になりました。
なぜなら、「いきなり呼び出し」とか「集中してるときに、暇つぶしの電話」とか、「ぜんぜん急ぎじゃないけど表示されるチャット」などが、無くなるからです。
いまこうしてブログ書いてるときも「〇〇からチャット」とかも、ありません。
「誰かから、連絡きてるかな。。」とソワソワする必要もありません。
数年前なら「休憩の合間」とか「散歩の途中」などにもLINEを開いて、既読を確認したりなんてしていましたが、いま思えばめちゃくちゃ無駄でした。
その確認作業をしていても、「自分は1ミリも変わっていない」からです。
9割捨てると、余裕が生まれる。ヒマになり空白ができる。あとは勝手にすべてプラスへ。
上記のとおりで、とにかく、服もスーツも、連絡先も、卒業アルバムや写真、本なども手放しました。
一応、ほかの記事でも「捨てる」ことに関して書いています。
参考までにリンクを置いておきます。
9割捨てると、どうなるのでしょうか。
それは「余裕」が生まれます。
具体的にぼくの場合で、例をあげると、
・朝はプロテインだけ→数分間で朝食が終わる。
・部屋の家具少ない→掃除が数分で終わる。掃除しない期間が多くても汚れづらい。
・洋服はスポーツウェア→いつでも運動できる。余計な服を買わないのでお金が貯まる。
・移動は、徒歩かシェアサイクル→元々はスクーターと車を持っていたが、手放したのでメンテ・ガソリン費用がゼロ円になった。お金が貯まる。
・LINEや既存の連絡先を削除→集中できる時間が増えた。
挙げるとキリがないのでここまでにしますが、こんな感じで、時間やお金、そしてそれらに連動して健康やメンタル面も勝手にプラスになってきました。
今までは「電話がきたら、すぐ折り返ししなきゃ!」とか「電話するの苦手なんだよなぁ。。でも電話で返せないと面倒なんだよなぁ~」とかありました。
しかし、手放すことで、そういう”無駄な不安要素”や”決断疲れ”が減ります。
そして、良くも悪くも「ヒマな時間」つまりは「空白」が生まれます。
ヒマな時間が生まれたときに、初めて「あれ?今までのあの”忙しない(せわしない)生活”はなんだったのだろう」と気が付きます。
「やる必要のないこと」や「自分がやっていて、快楽ではないこと」に気づくのです。
それに加えて
「自分は本当は、こんな〇〇な生活がしたい」とか
「自分はブログを書いてる時間が楽しい」とか
「朝、充分に睡眠をとり、朝の散歩をして、コーヒーを飲んでいる時間が最高すぎる」などの、
「自分の好きな時間」に気づいたり、もしくは、取り戻すことができます。
「ゼロの無能な自分」は確かに、今この瞬間に、ここに存在します。
しかしその自分が、朝は散歩をして、こうしてブログを書いたり、YouTubeをやったり、投資をする生活を送っていると、「マイナスのはずの”無能な自分”」なのにも関わらず、すべてがプラスになってしまいます。
なぜならば、9割捨てをして身軽になり、健康になったことで、余計な買い物をしなくなり、むしろ読書や散歩などの知識や健康に投資をするようになり、余った時間やお金で、いろいろなことにチャレンジができて、たまにうまくいったり、失敗しても「経験」となるので、「マイナスにならない」からです。
話は長くなりましたが、9割捨てることで「どれだけ無駄なモノゴトに自分は埋め尽くされていたのか」と自覚することができました。
おわりに。過去は捨てて、今をアップデートしよう。
ということで、長々と書いてしまってすいません。
「人生をリセットしたい」というひとは、これを読んでいて、どう感じたでしょうか。
過去は、まぎれもなく「過去」です。
「こころや脳みそに、過去のデータが存在している」ということは、確かです。
でも、過去は変えることができません。
「〇〇ちゃんにフラれた。。」というぼくの過去は、、、変えれません笑
でも「今から」は変えることができます。
「今」が変われば、この1時間後、6時間後、そして明日、1週間後というように、そのあとも変わり始めます。
「9割捨てた」というのは、ぼくにとっては、もう「過去」です。
だから、「もどれない」です。
しかし、「新しい今日」が毎日やってきているので、めちゃくちゃ過去がどうでもいいです。
つまり「今が最高」ってことです。
「過去が最高!」というのは、確かに良い響きです。
しかし現実の今この瞬間が、悲惨であれば、、それはとてもしんどいです。
「スーツ似合うね!」と言われてたぼくが「過去」にいました。笑
でも「そのぼく」は、「過去のひと」です。
あの頃より「いまのぼく」が、ぼくは好きですし、今こうしてブログ書いたり、投資やったり、散歩したり読書しているほうがぼくは嬉しいですし、楽しいです。
捨てたことで損をするかと思いきや、もはや、マイナスからのスタートなので、すべてがプラスです。
本当に有難いです。
ということで、この記事はここまでにします。
少しでも参考になれば、幸いです。
最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
ぼくが「捨てる」に関して、よく学べた本を1冊置いておきます。まだ、読んだことがない方は、ぜひこの機会に読んでみてください。